晴耕雨読

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動機づけ・モチベーション

最も基本的なレベルにおいて突き詰めると、動機づけは喜びを追求し、痛みを避けるための願望であると考えることができます 1。 動機づけの理論は、一般的には、社会的支援、心理的動機、および生物学的要因のいずれかです。

内発的動機づけ・外発的動機づけ

内発的動機づけ (Intrinsic Motivation) とは、やっていること自体が楽しいからという理由で行動に没頭しているときに起きるモチベーションです2。 自分から内発的に動機づけられていると言えます。ある意味で、活動すること自体が報酬になっています。 例えば、新しい技術の勉強をすること自体が楽しいと感じるのであれば、それは内発的動機づけです。 逆に、外発的動機づけ (Extrinsic Motivation) とは、報酬や罰などの自分の外に存在するものや仕組みによって没頭しているときに起きるモチベーションです。 賞罰が関係するときはアメとムチによる動機づけともいえます。 外から与えられた課題に取り組む状況も外発的動機づけといえるでしょう。

しかし、外発的動機づけだけでは問題になる場合があります。 アンダーマイニング効果(Undermining Effect)とは、達成感や満足感を得るために行っていたが報酬を受けた結果、「報酬を受けること」そのものが目的になり、結果として本来の内的な動機が失われてしまう心理状態のことです。 例えば、内発的に動機づけられる事柄に対して外的な報酬を与えると、その子は内発的動機づけを失い、報酬を与えない限りその事柄に取り組まなくなったことを示す研究があります 3。 内発的動機づけは、質の高い学びや、ストレスへの肯定的な対処を支援するため、それを阻害するような外発的動機づけは避けなければなりません。

一方で、1日にやるべきことを全てやりきるためには、内発的動機づけのみでは不十分です。 例えば、自分の好きでやっていることが、突然困難な状況になったら、内発的動機づけだけでは簡単に諦めてしまいます。 粘り強さを取り入れるには、ある程度の外発的動機づけが必要になります。 ライアンとデジ (Ryan & Deci) 4 は、外発的動機づけをいくつかのカテゴリに分類しており、より内的な(より自律的で自己決定的な)外発的動機づけは、内発的動機づけと同様に強い没頭・質の高い学習・より高い心理的ウェルビーイングに結びつくことが示されています。 その中で、外発的動機づけの内発的動機づけは多くの利点を共有しており、重要な違いは自律性とされています。

  • 無動機 (Amotivation):
    • 自律レベル0 : 動機づけの欠如 (Amotivation), 自律性が全く存在しない状態
  • 外発的動機づけ (Extrinsic Motivation):
    • 自律レベル1 : 外的調整 (External Regulation), 例:法律を守る
    • 自律レベル2 : 取り入れ的調整 (Introjected Regulation), 例:言われたことにして認めてもらう
    • 自律レベル3 : 同一視的調整 (Identified Regulation), 例:言われたことの価値を認める。その課題と人生の目的を同一視する
    • 自律レベル4 : 統合的調整 (Integrated Regulation), 例:言われたことを自分事として統合する
  • 内発的動機づけ (Intrinsic Motivation) :
    • 自律レベル5 : 内発的調整 (Intrinsic Internal), 行為に従事することそれ自体が目的となっている状態

有機的統合理論 (Organismic Integration Theory) では、内発的動機づけを低下させることにもなる外発的動機づけであっても、その行動に対する個人の価値の認め方によっては、自己決定性(自律性)が高くなり、内発的動機づけに近い効果を及ぼすことが示されています。

ただし、外発的動機づけにより義務感を意識することで、興味や楽しさが低下することをわかっています。 そのため、昔好きだったものが好きではなくなったり、好きなことを仕事にすると嫌いになるという事例は、外発的動機づけによる内発的動機づけの低下によるものと考えられています。

ゲームは内発的・外発的動機づけを取り入れている仕組みの一つであり、ゲームの構造を日常生活や学校や職場などのゲームではない場面に応用することをゲーミフィケーション (Gamification) といいます 5。 ゲーミフィケーションは内発的動機づけを損なう可能性もありますが、それと同時に、本来はつまらない課題に「楽しみ」の動機づけを加える効果的な方法として知られています。

自己決定理論

自己決定理論 (Self-Determination Theory; SDT) では、従来対立するものとして考えられることの多かった内発的動機づけと外発的動機づけを統合的にとらえ、内発的動機づけと外発的動機づけを自律性(自己決定性)という1次元の連続体上に配置できるものとして扱います。 ライアンとデジ (Ryan & Deci) が提唱する自己決定理論において、普遍的な人間の願望を起点とし、以下の3つの心理的要求が満たされているとき、私たちは動機づけられます。

  • 自律性 (Autonomy) : 自分の活動の結果は自分の意図によるものと思えること。行動を統制する意識の所在 (統制の所在; Locus of Control; LOC) が内的であること。動機づけの自己調整方略などで自律性は高めることができます。
  • 有能感 (Competence) : 自分には課題を解決する能力があるという自信
  • 関係性 (Relatedness) : 安心感や人とのつながり

つまり、人間は本来、自律性を発揮し、自己決定し、お互いに繋がりたいという欲求を持っています。 これらの欲求が満たされるように行動をとることが、結果的に強い動機づけになります。 なお、有機的統合理論は自己決定理論の下位理論として位置付けることができます。

マインドセット(失敗の捉え方)

動機づけの主たる要因となるものに、個人のマインドセットがあります。 マインドセットとは、生まれ育った環境や過去の経験、教育内容、先天的な性質などによって形成される無意識の思考・行動パターンのことです。 マインドセットは、自分と世界に関する仮定や価値観、信念であり、人が環境をどのように認識し、解釈し、行動するかに影響を与えます。

ドゥエック (Dweck) は、成長マインドセットと固定マインドセットの2つを提唱しています 6成長マインドセット (Growth Mindset) とは、自分の才能や能力は経験や努力によって向上できるという考え方のことです。 逆に、固定マインドセット (Fixed Mindset) とは、自分の才能や能力は固定であるという考え方です。 成長マインドセットの考え方は、神経可塑性(脳は生涯を通じて柔軟に変化できる性質)や後生的遺伝学(環境によって後天的に変化した遺伝子が次世代への遺伝する事象を研究する学問)の最近の発見とも一致するものです。

成長マインドセットの人にとって、失敗体験は自分を成長させるための糧になると考えています。 しかし、固定マインドセットの人にとって、失敗体験は自分の能力や可能性に欠けている証明であると考えてしまいます。 その結果、失敗を回避するために挑戦を諦め、自分の欠点を認めず、良い成績の人の回答から目を背け、自尊心を保つために人のせいにし、自分よりも出来の悪い人を見つけて安心すことで、失敗を改めて成長する努力をしなくなります。

  固定マインドセット 成長マインドセット
能力は 努力で伸びない 努力で伸びる
努力とは コスト。少ないほど良い 能力を高める方法
目的 自分の凄さを証明すること 能力を高めること
なりたい姿 できるだけ自分をよく見せたい 難しいことに挑戦してよくなりたい
失敗とは 自分が欠けていることの証明 自分が成長するための投資
注目する箇所 結果 過程
失敗や指摘 能力の低さの証明 成長の手がかり
課題への取り組み 難しいことに挑戦しない 難しい課題を解決できるか考える

成長マインドセットを持つ人であれば、意識の根底に才能は磨けば伸びるという信念があり、ひたすら学び続けたいと思っています。 新しいことにチャレンジし、壁にぶつかっても耐え、努力は失敗は成長に必要なプロセスであると認識することで、結果的により高い成果を達成することができます。 自分は全てを自由な意志で未来を切り開いていけることを信じており、これらは自己決定理論における自律性、有能感を支援します。

自己効力感

自己効力感 (self-efficacy) とは、自分の能力を信じる気持ちです。簡単にいうと自信のことです。 その人の持つ自己の能力への確信の程度、信頼感のことを指します。 人がある行動を起こすとき、その行動を自分はどの程度うまくできそうか、という予測を立てます。 この予測は自己効力感によって左右されるため、こうした認知的要因は人の行動を予測するための重要な要因となります7

従来の動機づけ理論では、成果が出るとわかっていれば努力や行動ができる(行動と結果の付随性の認識が意欲につながる)とされていましたが、これでは「頑張って勉強すれば成績が上がるのはわかっているけど、なかなかやる気が起きない」といった事象を説明できません。 バンデューラ (Bandura) は人間の内的な要因の重要性を追求し、そもそも人が何かをするのは「自分には何かを成し遂げる能力がある」という信念のようなものがあることを見出し、このようなやる気の根源のような信念に「自己効力感」という名前をつけました。

バンデューラは、自己効力感を高める方法として以下の4つを示しています。

  • 達成経験 (mastery experience) : 何かを達成したり成功したりした経験のことです。また次もできるだろうという見通しを強化してくれる、自己効力感における最も重要で強力な情報源となります。ただし、簡単に達成できる成功体験のみで自己効力感は高めることはできません。困難に打ち勝って成功した経験が自己効力感を高めます。
  • 代理経験 (vicarious experience) : 他者が達成や成功した様子を観察して、これなら自分にもできるという信念のことです。自分と観察している他者の類似性が高いほどその効果は大きいとされています。しかし一方で、他者が失敗している様子を見ることは、急激な不安の高まりと自信の喪失を引き起こします。
  • 言語的説得 (verbal persuasion) : 他者から自分に能力があることや、達成の可能性があることを言葉で繰り返し説得されることです。説得や励ましは最も手軽な自己効力感の形成手段で、困難に際しても自分に疑念を抱くのを防ぎ、より多く努力を継続的に投入し続けるようになることが期待されます。これの応用としてリフレーミング(認知の置き換え)があります。
  • 生理的情緒的高揚 (emotional & physiological states) : 自己効力感は肯定的な気分で高まり、落胆した気分で下がるとされています。これは主に、行動に対する整理反応を自己モニタリングして、何をしたときに感情がが高まるかを調べることで、自己効力感の定着に繋げることが目的であり、飲酒や薬物による一時的な高揚感では成し得ることができません。

自己効力感への介入として最も効果的なのは 達成経験 > 代理経験 > 言語的説得 > 生理的情緒的高揚 の順番です。

知的好奇心

人は情報から刺激を欲しがる性質を持っています。 このような新しい未知の情報を得ようとするモチベーションを知的好奇心と呼びます。 知的好奇心には以下の種類があります。

  • 知覚的好奇心 (perceptual curiosity) : 意外なことに出会って起きる好奇心。知らなかった情報に出会ってより深く調べたいというモチベーション。興奮と快楽を喚起させ、新しくて奇妙な対象に対する回避反応をもたらす不安と拮抗します。
  • 認識的好奇心 (epistemic curiosity) : 疑問を解決するために情報を集めて誤解に気づいたり理解を深める好奇心。自分の知っている情報と、外から入ってくる情報にズレがあってそれを解消するために調べたいというモチベーション。外から入ってくる情報とのズレは、小さすぎると刺激が得られず、大きすぎると拒絶反応が出てしまうので、動機づけの介入にあたっては適切なズレを提供する必要があります。

先延ばしのモチベーション

やらないいけないのにやらない状態や、やりたいけどやれない状態は、やりたくないと行動を止めるモチベーションが存在します。 行動を止めるモチベーションには、以下の種類があります。

  • 回避的動機づけ : ネガティブな刺激を回避しようとする動機づけ
  • 自尊心を守る心理(セルフハンディキャッピング): 自分への評価を気にするあまり、事前に自分で言い訳を作って自尊心を守ろうとする状態(例:試験前だけど昨日何も勉強してないんだよね)
  • 反抗する心理(心理的リアクタンス): 誰かに指示されると自分の意思ではないと感じて従いたくないという気持ちになる状態
  • その他(うつ症状や不安障害、注意欠如・多動性障害 (ADHD) など)

先延ばしへの対処法は以下のような方法があります。

  • 習慣化 : 何度も繰り返し実施することで意識せずスムーズに行動できるようにします。
  • セルフ・コントロール : 自己報酬・自己強化 (自分で自分自身に報酬や罰を与える)、自己観察 (目標に関連する行動や情報を記録する)、認知的行動介入 (認識と感情の制御、事象に対する理解を深める、自己効力感など) によって、自分の意思力を高めることができます。

ただし、うつ症状や不安障害は、医療機関で適切な薬物療法を受けてください。

接近的動機づけと回避的動機づけ

接近的動機づけとは、ポジティブな刺激に接近しようとする動機づけのことです。 一方で回避的動機づけとは、ネガティブな刺激を回避しようとする動機づけのことです。 接近的・回避的動機づけは生物にとって根源的な動機づけの形態です。 一般的に、回避的動機づけの方がモチベーションに与える影響が強力であり、悪は善より強し理論 (bad is stronger than good) とも呼ばれています。 ただし、失敗への不安と恐怖に基づく回避的動機づけは、場合によっては不安をあおって逆に作業効率を低下させることがあります。 長期的に見れば回避的動機づけには副作用が伴うことが知られており、ネガティブな側面に焦点を当てている人ほどメンタルヘルスが低くなる傾向があります。

接近的動機づけと回避的動機づけは、言葉遣いを変えることで変化することがあります。 ある事象を意味的に等価な別の表現にすることをフレーミングといいます。 例えば、ある人がボーナスを得るために頑張っている状態を接近的動機づけと捉えるか、ボーナスを失わないために頑張っている回避的動機づけと捉えるのか、見方によって解釈が変わってきます。 このように、接近的動機づけと回避的動機づけは表裏一体になることがあります。

動機づけへの介入では、私たちは人のモチベーションを高めるために様々な声掛けを行います。 そのときにネガティブ(回避的動機づけ)な声掛けよりも、ポジティブ(接近的動機づけ)な方が、自発的に課題に取り組み、課題をより楽しめることができ、内発的動機づけが高まるかもしれません。 例えば、勉強しないと不合格になるというネガティブな声掛けよりも、勉強すれば合格できるといったポジティブな声掛けの方が内発的動機づけを高める上では良いとされています。 相手の動機づけを高められるかどうかは、ちょっとした言葉遣いの心がけ次第です。

以上です。


  1. ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術 : ラファエル A. カルヴォ & ドリアン・ピーターズ, 渡邊淳司, ドミニク・チェン, 木村千里, 北川智利, 河邉隆寛, 横坂拓巳, 藤野正寛, 村田藍子, p.172 

  2. 理論と事例でわかるモチベーション:教育心理学を学ぶ会, p. 26 

  3. Greene, D., & Lepper, M. R. (1974). Effects of Extrinsic Rewards on Children’s Subsequent Intrinsic Interest. Child Development, 45(4), 1141–1145. https://doi.org/10.2307/1128110 

  4. Richard M. Ryan, Edward L. Deci, Intrinsic and Extrinsic Motivations: Classic Definitions and New Directions, Contemporary Educational Psychology, Volume 25, Issue 1, 2000, Pages 54-67, ISSN 0361-476X, https://doi.org/10.1006/ceps.1999.1020. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0361476X99910202) 

  5. ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術 : ラファエル A. カルヴォ & ドリアン・ピーターズ, 渡邊淳司, ドミニク・チェン, 木村千里, 北川智利, 河邉隆寛, 横坂拓巳, 藤野正寛, 村田藍子, p.176 

  6. キャロル・S・ドゥエック, 今西康子『マインドセット「やればできる! 」の研究』, 草思社 (2016/1/15) 

  7. モティベーションをまなぶ12の理論 : 鹿毛雅治 (著), 櫻井茂男, 伊藤忠弘, 上淵 寿, 大芦 治, 金井壽宏, 村山 航, 及川昌典, 浅川希洋志, 中谷素之, 外山美樹, 伊藤圭子, 金剛出版 (2012/4/18), p.253